kaminimiserareteのブログ

神社参拝記やお勧め神社を紹介

造化三神の神秘

造化三神が祀られた神社

毎週のように神社参拝をしている趣味が参拝の筆者が実際に参拝した神社を紹介していきたいと思います。

今回紹介するのは岐阜県安八町にある結神社です。

結神社には造化三神と呼ばれる神様が祀られています。

造化三神については聞きなじみがない神様かもしれませんが日本神話において重要な神様になります。

詳しくは本文の中で紹介していきます。

結神社は縁結びのご利益があるとされる神社になります。

結神社 案内(筆者撮影)

 

造化三神が祀られた神社

結神社で筆者が注目して欲しい点が造化三神が祀られた神社であるということです。

造化三神とは古事記の冒頭で高天原に最初に独神として現れ、そのまま身を隠したとされている神様です。

つまり、皆さんがよく知る天照大御神よりも前に高天原に現れた神様になります。

造化三神は次の三柱の神になります。

・天之御中主神・・・日本神話における創造神にあたります。

神話時代の系譜の中で最初に現れる神様になります。

天之御中主神は古事記・日本書紀に事績の記載はありませんが古事記には神々の中で最初に現れる神として描かれています。

・高御産巣日神・・・古事記において天之御中主神の次に高天原に現れた神とされています。

造化三神は三神とも性別の無い、かつ人間界から姿を隠している独神とされていますが、高御産巣日神を男神、神産巣日神を女神とする説があります。

高御産巣日神は天の生産・生成の創造の神であり神産巣日神と対になって男女の「むすび」の男を象徴する神になります。

・神産巣日神・・・先の二柱の神に次いで高天原に現れた神になります。

神産巣日神は高御産巣日神と対をなす、女神とされています(古事記には独神として記述されていますが女神であるとする説があります)

地の生産・生成の創造の神であり、男女の「むすび」の女を象徴する神になります。

(造化三神については詳しく記述していくとかなりの情報量になってしまうため詳しくは別に記事を作成したいと思います)

結神社 子宝の岩(筆者撮影)

 

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結神社の御利益

結神社 第2鳥居(筆者撮影)

結神社は先に紹介している造化三神が祀られた神社であり、そのうち二柱の神はむすび(産霊)の神を祀っており、「むすび」は生みだす、すなわち生産の意味があります。

また、「むすぶ」には全ての事をまとめ和合円満にとの意味があります。

このため、結神社は生産・増産の御利益、縁結びのご利益があるとして信仰されてきました。

筆者が参拝した時には、日曜日だったこともあり社務所が開いており、御朱印を頂くことが出来ました。

日曜日の参拝でしたが参拝者はほとんどおられない状態でした。

その為、境内はすぐそばに住宅街があるにもかかわらず静観な雰囲気で、ゆっくりと参拝することが出来ました。

駐車場から本殿までは両サイドに植えられた木々に挟まれた直線になっており、雪が降った次の日の参拝だったことから、雪が残っておりより神社の静観な雰囲気を醸し出していました。

平日は、神主の方が常駐されていないため隣接する企業で頂くことが出来るとのことでした。

結神社 御朱印(筆者撮影)

 

結神社の歴史

結神社は平安時代末期に創建されたとされていますが一説には奈良時代よりも古いともいわれており、古くは結大明神といわれていました。

結神社は鎌倉と京の都を結ぶ鎌倉街道沿いにあったことから昔から京の都でも知られた神社でもありました。

このため、結大明神として、美濃国の歌枕(和歌の題材にされた日本の名所旧跡を指す言葉)として知られていました。

戦国時代には、戦国大名の織田信長に信仰されていました。

織田信長は、甲斐の武田氏との決戦となった長篠の戦いの前に七日間に渡り戦勝祈願を行ったとされています。

結神社には、織田信長が寄贈した朱印状と槍が保存されています。

 

アクセス

結神社 第1鳥居(筆者撮影)

結神社へのアクセスは公共交通機関では少し参拝しにくい場所にあります。

所在は、岐阜県安八郡安八町にあり、JR穂積駅からバスで約23分+徒歩10分の場所にあります。

車での参拝の場合は鳥居のすぐそばに駐車場がある事から車で参拝に行かれる方には安心して訪れることが出来る神社になっています。

駐車場は第1鳥居と第2鳥居の間のスペースが駐車場として利用できるようになっていました。

 

まとめ

結神社は創建が平安時代とされる神社になります。

祭神として造化三神といわれる日本の神話に最初に出てくる三柱の神が祀られた神社になります。

ご利益は、生産・増産の御利益、縁結びのご利益があるとされています。

戦国時代には織田信長が戦の必勝祈願をした神社としても知られています。

境内は、こじんまりとした敷地内に静かな空間が広がっており落ち着いて参拝することが出来ます。

ぜひ、縁結びを求めて参拝する際には参拝先として考えてみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

金神社:金運アップのパワースポット

日本屈指の金運アップスポット:金神社の紹介

金神社 鳥居(筆者撮影)

毎週のように神社参拝をしている筆者が参拝した神社からお勧めの神社を紹介。

筆者が実際に参拝した神社を紹介していきたいと思います。

今回、紹介するのは全国でも有数の金運アップのパワースポットである金神社です。

 

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岐阜県で金運アップのご利益といえばここ

金神社は岐阜県岐阜市の中心部に位置する場所に鎮座している神社になります。

祭神は金大神を主祭神に渟熨斗姫命・五十瓊敷入彦・市隼雄命・日葉酢媛命の4柱の神が祀られています。

一説には渟熨斗姫命が金大神とする説や渟熨斗姫命以下4柱を総称して金大神とする説があります。

金神社は古来から産業繁栄、財宝・金運招福、商売繁盛の御神徳があるとされ、信仰を集めてきました。

創建されたのは西暦135年とされており、長い間信仰されてきた由緒ある神社になります。

筆者が参拝に訪れた時にも観光バスを含め多くの参拝者でにぎわっていました。

 

金運のご利益のある4柱の祭神

金神社に祀られている4柱の祭神について聞きなじみの無い神様で金運のご利益があると言われてもピンとこない方も多いと思います。

なので、ここで少し詳しく祀られている4柱の祭神について紹介していきたいと思います。

①渟熨斗姫命

渟熨斗姫命は古代日本の皇族で景行天皇の第六皇女であったとされています。

渟熨斗姫命は五十瓊敷入彦命の妃であったとされています。

渟熨斗姫命と美濃国との関係は夫である五十瓊敷入彦命が美濃国で討ち死にしたことにあります。

夫の討ち死ににより美濃国に入った渟熨斗姫命は夫の霊を慰めながら生涯を過ごしたとされています。

その間、渟熨斗姫命は地域住民に母のように接し、私財を投じて町の開拓や産業や農業の発展に尽力しました。

この功績により渟熨斗姫命は財運をもたらす神として信仰されるようになったとされ、美濃国では「金大神」と称されるようになったとされています。

また、子供を育てる母の神、慈悲深い母の神としても尊敬されています。

②五十瓊敷入彦命

五十瓊敷入彦命は第11代垂仁天皇の皇子とされている人物で渟熨斗姫命の夫であったとされています。

五十瓊敷入彦命は武勇の皇子として知られている皇子です。

彼の武勇を伝える伝承に奥州の平定したとされる伝承があります。

この伝承によると五十瓊敷入彦命は朝廷の命を受け奥州の平定を成し遂げましたが、陸奥守豊益の讒言を受け逆に朝敵とされ現在の岐阜県で討たれたとされています。

五十瓊敷入彦命は伊那波神社に主祭神として祀られています。

③市隼雄命

市隼雄命は五十瓊敷入彦命と渟熨斗姫命の間に生まれたとされています。

市隼雄命は岐阜市にある橿森神社に主祭神として祀られています。

境内には、磐石として「駒の爪岩」があります。

この磐石には神人が駒に乗りこの地に降り立ったとの伝説がありますがこの神人が市隼雄命ではないかとされています。

市隼雄命については橿森神社に主祭神として祀られていますがあまり詳しい伝承は見つかりませんでした。

④日葉酢媛命

日葉酢媛命は丹波道主王の娘であり第11代垂仁天皇の皇后になった人物になります。

日葉酢媛命は皇后として景行天皇をはじめとする皇子・皇女を産んでいます。

彼女の子供の中には五十瓊敷入彦命がいます。

彼女については岐阜県でのかかわりは見つけられませんでしたが、彼女の息子とその妃、子供が金神社で祀られたからではないかと筆者は個人的に考えています。

彼女は古代の葬儀に関する風習を変えた人物になります。

当時の古代日本では殉死という習慣がありました。

彼女が死去したさいにこの習慣に対して垂仁天皇が家臣に問うと人間の代わりに埴輪を埋葬するように進言されました。

この為、初めて埴輪が日葉酢媛命の陵墓に埋葬されることになり、これ以降も踏襲されるようになったとされています。

このように金神社に祀られている祭神は古代日本に連なる皇族の人物であり、御利益として知られている金運については渟熨斗姫命のご利益であることが推測できます。

このことからも、正体がはっきりしていない金大神が渟熨斗姫命ではないかといわれている原因かもしれません。

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境内の風景

金神社 本殿(筆者撮影)

 

金神社に参拝するとまず目につくのが金の鳥居になります。

この鳥居は金運を象徴する鳥居で参拝客にも人気のフォトスポットになります。

筆者も撮影しましたが休日だと参拝に訪れる方も多くなかなか鳥居単体での撮影は出来ませんでした。

境内の広さはあまり大きくなくどちらかというとこじんまりとした印象があります。

また、金運を願う参拝客が多くいることから参拝時にはかなり混雑している印象を受けると思います。

本殿は流造りの社殿で朱色の映える色彩が鮮やかな本殿になっています。

境内には複数の境内社や末社がありますが、金祥稲荷神社は境内社でありながら立派な社殿があり商売繁盛のご利益がある事から多くの参拝客が並んでいました。

金神社 金祥稲荷神社(筆者撮影)

 

アクセス情報

金神社は岐阜県岐阜市金町にあります。

周辺の地名は「金宝町」「金岡町」等金にまつわる地名が多くみられる場所にあります。

金神社はアクセスも良くJR岐阜駅・名鉄岐阜駅から歩いて参拝できる距離にあります。

金神社会館の前には駐車場がありくるまでも参拝できるようになっています。

 

まとめ

金神社は岐阜県岐阜市にある神社になります。

金の鳥居が目に付く金神社は金運のご利益のある神社としており多くの参拝客が訪れる神社になります。

祭神は、金大神を主祭神に渟熨斗姫命・五十瓊敷入彦・市隼雄命・日葉酢媛命の4柱の神が祀られています。

徒歩でも車でも参拝に訪れやすい神社になりますので是非参拝に訪れてみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

神社巡りの醍醐味:岩屋神社の魅力

日本神話のビッグネームが祀られた神社

毎週のように神社参拝をして趣味の御朱印を集めている筆者が今回紹介する神社は兵庫県明石市にある岩屋神社です。

岩屋神社には日本神話の誰もが知っている神様が祀られた歴史ある神社になります。

岩屋神社 鳥居(筆者撮影)

 

 

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日本神話のビッグネームが祭神

岩屋神社 案内(筆者撮影)

岩屋神社は淡路島の岩屋から神を勧請して創建されたとされています。

その創建は社伝によると成務天皇13年とされています。

成務天皇とは第13代天皇で実在が確認されていない天皇ですが実在したとすると4世紀頃の天皇であるとされています。

創建から海上交通の守護を担う神社として信仰されてきました。

祭神には、伊弉諾尊を主祭神に、伊弉冉尊・  大日孁尊(おおひるめのみこと/天照大御神の別名)・月読尊・蛭子尊・素戔嗚尊を祀っています。

祀られている神は国生みの2柱と3貴子と呼ばれる伊弉冉尊が生んだとされる神々の中でも特に尊いとされる3柱が祀られています。

ここで一緒に祀られている蛭子尊について神話について詳しくない方はなぜ誰もが知っている神々と一緒に祀られているか疑問に思われるかもしれません。

しかし、日本神話において伊弉冉尊が最初に産んだ神が蛭子尊になります。

蛭子尊は伊弉諾尊・伊弉冉尊の第1子ではありますが不具の子として生まれてしまい葦船に乗せて流されてしまい2柱の神の子として数えられなかったため、3貴子より先に生まれたにも関わらずあまりどのような神か認知されていない神様になります。

しかし、蛭子尊が流れ着いたとされる場所は日本各地に残っており、室町時代以降にはえびす神と混同されて信仰されてきました。

岩屋神社でも蛭子尊=えびす神として祀られています。

岩屋神社で祀られている神々によるご利益は家内安全・商売繁盛・招福・災厄消除・縁結びがあるとされています。

 

筆者参拝記

岩屋神社の入り口には鳥居とえびす様の像がお迎えしてくれました。

岩屋神社 えびす様像(筆者撮影)

岩屋神社ではえびす様は祀られていませんが蛭子尊と同一視されているためえびす様の像があると筆者は思います。

また、本殿裏側にはかなり小さい鳥居がありここを潜ってえびす様に参拝できるようになっているのですがここにもえびす様と蛭子尊が同一視されている形跡があるので地元でも混合されているのではないでしょうか。

岩屋神社 本殿裏(筆者撮影)

本殿は流造と呼ばれる形式で建てられているのですが筆者としては本殿と手前にある松の木が本殿に掛かっている様子は松の緑と本殿の茶色がきれいなコントラストを出してくれていて綺麗でした。

岩屋神社 本殿(筆者撮影)

境内には複数の境内社がありますがどれも小さな造りをしていて神社自体がそれほど広い敷地ではないため筆者としては街中にある地域の神社という印象を受けました。

岩屋神社 境内社(筆者撮影)

ただ、地元で深く信仰されているからか境内は綺麗でさびれた感じはありませんでした。

先ほども少し触れましたが境内にある松は光源氏が月見をしたとされる光源氏月見の松があります。

御朱印は境内に入って右手側の公民館のような建物で頂けたのですが参拝したのが12時過ぎだったことから閉まっており13時まで待つことになりましたが無事に頂くことが出来ました。

周囲は海が近いこともあり昔ながらの港町の雰囲気があるので時間に余裕があればふらっと歩いてみるといいかもしれません(筆者は近くの明石焼きを食べに行きました)

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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須佐神社の神秘

須佐之男命の魂が眠る社

毎週のように神社参拝をして趣味の御朱印を集めている筆者が今回紹介する神社は島根県にある、須佐之男命が出雲国開拓後に自身の魂を鎮める場所としたとされる須佐神社です。

須佐神社 案内(筆者撮影)

須佐之男命の魂が眠る土地

須佐神社 鳥居(筆者撮影)

須佐神社があるのは島根県にある神社で神社がある須佐の地名は須佐之男命が自ら命名したとされています。

須佐神社は出雲国風土記や延喜式神名帳にもその名が乗っていることから、古来から朝廷にも認知されてきた由緒ある神社になります。

神社の社格は最初は郷社でしたが最終的には国幣小社にまで昇格されました。

このことから、明治になっても篤く信仰されていたことが分かります。(神社の社格については下記の筆者のブログで解説していますので覗いてみてください)

 

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須佐之男命一家がそろって祀られた神社

須佐神社には祭神として須佐之男命・稲田比売命(須佐之男命の妻)・足摩槌命(稲田比売命の親)・手摩槌命(稲田比売命の親)という須佐之男命の一家が祀られています。

須佐神社には多くのご利益が期待できます。

期待できるご利益は良縁成就・子孫繁栄・家内安全・諸障退散・病気平癒・延命長寿・武運長久・夫婦和合・厄除・五穀豊穣と10のご利益が期待できます。

また、自然と調和した神秘的な雰囲気や須佐之男命の魂が眠ることから全国でも屈指のパワースポットとしても知られています。

 

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筆者参拝記

筆者が参拝に訪れたのが雨が降っている日の夕方遅く(社務所が閉まるぎりぎりの時間帯)だったため参拝者が筆者以外には2~3人ぐらいと少し閑散とした感じを受けました。

ただ、雨が降っていたので周りの自然がより映えていました。

須佐神社 境内風景(筆者撮影)

境内の入り口にあたる鳥居は石造りの鳥居で割と小ぶりな印象を受けました。

また、鳥居から本殿までがまっすぐに見ることが出来るようになっています。

鳥居から本殿に向かう道は石畳になっているのですが周囲にある木々が雨により余計に緑が映えて落ち着いた雰囲気を醸し出してくれていました。

本殿は島根県で多い大社造で作られていて県の指定文化財に認定されています。

須佐神社 本殿(筆者撮影)

境内には他に見どころとしてシンボルとなる大杉や須佐の7不思議があります。

須佐神社 大杉(筆者撮影)

大杉は樹齢が1300年と推定されている巨木です。

実際に目の前にするととりあえずその大きさに圧倒されました。

周囲の木々と比べても一目瞭然の大きさで存在感が圧倒的でした。

また、その存在感から見るだけで自然のパワーが出ているように感じ全身に浴びせられるようでした。

大杉以外にも境内には須佐7不思議と呼ばれるものがあります。

須佐神社 7不思議案内(筆者撮影)

特に有名なものは、塩井(しおのい)・陰無桜・落葉の槙があります。

塩井は須佐之男命が土地を清めるために使用した井戸で、塩分を含んだ水が湧くそうです。

実物を見ることが出来るのですが実物は普通の井戸でした。

正直7不思議の案内がなければ特に見どころを感じない井戸でした。

須佐神社 塩井(筆者撮影)

陰無桜は影を落とさない桜で、隠岐の国に影響を与えたと伝えられています。

落葉の槙は稲田比売命が出産のときに使用した槙の葉に由来するとされています。

このように境内はゆっくり回ってもそれほど時間が掛からない大きさ(筆者がゆっくり回っても30分かからないくらいでした)でしたが見どころの多くある神社です。

是非皆さんも全国有数のパワースポットである須佐神社に参拝してみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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金運アップのパワースポット神社

金運アップのパワースポット神社

毎週のように神社参拝をして趣味の御朱印集めをしている筆者が今回紹介する神社は鳥取県にある金持神社です。

全国で唯一金持の地名を有する場所にある神社です。

 

 

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全国唯一の地名

金持神社 案内(筆者撮影)

金持神社は鳥取県日野郡日野町金持にある神社です。

皆さんも聞きなじみの無い地名かと思いますが全国でここにしかない地名です。

この縁起のいい地名を有するようになった謂れは古代日本で黄金にも勝る貴重品とされていた鉄の産地だったことからきています。

歴史資料によると金持村には3つの鉄山があったとされています。

このように貴重な資源を有していたことから金(鉄)を持つ村として金持と呼ばれるようになったとされています。

 

金持神社の祭神

金持神社 由緒(筆者撮影)

金持神社には3柱の神が祀られています。

祀られているのは、天之常立命・八束水臣津努命・淤美豆奴命の3柱になります。

特に、主神として祀られている天之常立命は天地開闢の際に現れた神様で、別天津神と呼ばれる神の1柱で天地が初めて開かれたときに現れた神です。

天之常立命は天の永久性を象徴する神とされていて高天原を神格化したとされています。

天之常立命のご神徳(ご利益)に直接金運に関わるものはありませんが金持神社のように金運アップの神社で祀られていたり、金運護符が作成されている神社がある事から金運を挙げてくれる神様として信仰されるようになっています。

 

参拝記

金持神社 鳥居(筆者撮影)

筆者が金持神社に参拝したのは7月の暑い時期であり、金持神社は鳥取県の山の中に立地しており市街地からも離れていたのですがかなりの数の参拝者が訪れていました。

金持神社のそばには参拝者用の駐車場があり、車で参拝に訪れることが出来るようになっています。

駐車場から神社までは歩いて5分くらいの近さで途中で石段の階段を上る必要が有ります。

階段は少し急で段数もありますが周辺が気に囲まれていて日陰になっているため多少は温度が低く感じられます。

ただ、階段を登るのですぐに熱くなりました。

金持神社 100名木(筆者撮影)

参道の途中には、県の名木100選に選ばれているサワラの木やチャンチンの木などの樹齢600~700年の巨木があります。

参拝後に知ったのですが、チャンチンの木は原産が中国の薬木で鳥取県には1本しかない珍しい木のようです。

このように珍しい木が植えられたのは製鉄でのけがの治療に使用されていたそうです。

神社自体はこじんまりとしたした拝殿ですが見た目はそこまで大きく迫力を感じる佇まいではなのですが、周囲の自然に溶け込んで厳粛な雰囲気があります。

金持神社 拝殿(筆者撮影)

拝殿の中には地元の画家の方が奉納された指画「龍神の図」が奉納されています。

この絵は拝殿横の格子から中をのぞくと見ることが出来ます。

実際に参拝して感じたのは自然の中にある拝殿の雰囲気がマッチしていて神秘的ですらありました。

また、参拝客の多さが金持神社への信仰の厚さを物語っているようでした。

御朱印や御守り等の授与品は拝殿右側の一段下がったところで頂くことが出来ます。

筆者はここでは御朱印のみをいただいたのですが、ここで頂ける御朱印帳に御大典記念の御朱印帳がありお金にちなんだのか金色でモチーフが昇竜になっているものがあり持っているだけで参拝の記念になりそうでした。

他にも、のぞき込むと中に金持神社の拝殿を見ることが出来いつでも参拝できる置物も授与品の中にありました。

金持神社の授与品は金運にまつわるものが多くありますので皆さんもぜひ参拝の折には金運アップを願って手に入れてみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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境内の豊かな自然と神話:島根の神魂神社

日本最古の大社造りの社

毎週のように神社参拝をして趣味の御朱印を集めている筆者が今回紹介する神社は島根県にある日本最古の大社造りの本殿がある神魂神社です。

神魂神社 鳥居(筆者撮影)

神魂神社について

神魂神社 案内(筆者撮影)

神魂神社は島根県にある神社で祭神にイザナギ・イザナミの2柱の神を祀っています。

社伝によると出雲国造家の太祖とされる天穂日命がこの地に天降って創建されたとされています。

しかし、延喜式神名帳や出雲国風土記に社名が見られないことからその理由として出雲国造家が私的に祀っていた社が起源なのではないかとされています。

文献として確認できる最初の記載は1208年の鎌倉将軍家下文(上位機関から買い機関に出された命令文)のため、実際に創建されたのは平安時代中期ではないかとされています。

 

祭神の変遷と出雲国造家の関わり

先述したように現在の神魂神社の祭神はイザナギ・イザナミの2柱とされています。

しかし、2柱の神を祭神とする記述は中世末期~近世初期ごろに多くなってきたためで、それ以前については不明になっています。

また、2柱の神を祭神とする記述が増えた中世末期以降でも熊野大神や大己貴命の名が書かれたものもあります。

社名から、神魂命がもとの祭神であったのではないかともされています。

熊野大神や大己貴命の神名が使われたのは出雲国造家が出雲大社近くの意宇六社(熊野大社・真名井神社・揖夜神社・六所神社・八重垣神社・神魂神社)に対して穏やかな支配権を有していたことから関係が深く神名が使われたと考えられています。

 

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筆者参拝記

ここからは、実際に筆者が参拝した時のことを書いていきたいと思います。

まず、神魂神社の鳥居をくぐって神社に向かうと本殿に向かって急な階段があります。

鳥居の先はこれぞ神社への入り口という雰囲気の木々に囲まれた石階段が続いています。

神魂神社 鳥居から続く道(筆者撮影)

この階段を上るとその先に本殿があるのですが、階段を上らずに回り道をする坂の道もあります。

そこには、女坂の案内があり、昔は男性と女性で参拝するためのルートが違っていたのかなと思います。

本殿は、国宝であり日本最古の大社造りになっています。

大きさは、そこまで大きくはありませんが高さが約5.5mくらいの高さがあり本殿は正面ではなく斜め上に位置する関係になります。

神魂神社 拝殿と本殿(筆者撮影)

神魂神社 横から見た拝殿と本殿(筆者撮影)

境内は自然が豊かで暑い7月に訪れたのですが日陰に入ると涼しく感じられました。(もちろん日向は何もしなくても汗が流れるほど暑かったです)

境内には、自然だけでなく、複数の境内社があり、全部で11の境内社があります。

筆者が気になったのは境内に崖のように土が盛り上がっているところがあるのですがそこに横穴が開いているところがありました。

正直なんの穴なのか、人工的なのか自然に開いたのかも分からなかったのですがなぜかとても気になったので皆さんも参拝した折には見てみてください(ただし、本当にただの穴なので気にならない方には特に見るものはないと思いますが)。

神魂神社 境内社と横穴(筆者撮影)

筆者にとってのメインである御朱印は拝殿右側にある受領所で頂くことが出来ます。

ここで、御朱印や御守り以外で筆者が思わず欲しいなと感じたのが、国宝である本殿などをポストカードにしたものです。

本殿や境内の見どころがポストカードになっているのでお土産にちょうどいいかもしれません。

 

まとめ

神魂神社は出雲国造家と関わりの深い神社で国宝となっている本殿は一見の価値ありです。

他にも境内には多くの境内社や豊かな自然が広がっていますので本殿以外にも多くの見どころがあります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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出石神社の歴史と魅力

八種の神宝が祀られる出石神社

出石神社 鳥居(筆者撮影)

毎週のように神社参拝をして趣味である御朱印集めをしている筆者が今回紹介する神社は兵庫県豊岡市にある但馬国一宮である出石神社です。

出石神社は古くは日本書紀や古事記にも社名を見ることが出来る神社であり、そばには出石城下町があり観光にもってこいの神社になります。

 

出石神社の歴史

出石神社は兵庫県豊岡市にある神社で式内社にして但馬国一宮になります。

旧社格では国幣中社の格を有していました。(神社の社格については以前のブログに纏めたものがあるので興味がある方はぜひ下記リンクから覗いてみてください)

 

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出石神社は日本書紀や古事記でも確認できる由緒ある神社で渡来新羅王子の天日槍伝説の中心になります。

この為、祭神として天日槍命と八種神宝(やくさのかんだから)の霊が祀られています。

天日槍命は出石の開拓神としても信仰されています。

祀られている八種神宝は天日槍命が韓国から日本に持ち込んだとされる宝物です。

出石神社の御利益は子宝や安産・開運・厄除・商売繁盛等の多岐に渡るご利益があるとされています。

出石神社 拝殿(筆者撮影)

 

自然豊かな境内

出石神社の境内には豊かな自然が広がり、春の桜、秋の紅葉は見どころです。

また、境内への入り口付近には見上げるような巨木があり圧倒的な迫力を有しています。

筆者が参拝したのが夏だったこともあり青々とした葉が茂るさまは特に目につきました。

自然が広がる境内には自然のオーラがあふれることからパワースポットとしても人気があります。

筆者としてはほとんどの神社は鎮守の森が広がることからどこの神社でもパワースポットだと思いますが、出石神社はそばに城下町の観光スポットがあり名物の出石そばがあるため、その賑わいにより神社の静かな雰囲気が強く感じられるような気がしました。

 

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参拝の感想

ここからは実際に参拝した筆者の感想を書いていきたいと思います。

出石神社には二つの鳥居があります。

まず、一の鳥居をくぐると二の鳥居に向かって灯篭に挟まれた道があります。

狛犬が二の鳥居をくぐる前に置かれているのが珍しく感じました。

出石神社 狛犬(筆者撮影)

二の鳥居は珍しい造りで4つ足の鳥居なのですが筆者が参拝した時には残念ながら修復作業中で4つ足の部分を見ることが出来ませんでした。

境内には大杉をはじめとした巨木が多くあり、本殿左側には禁則地になっている森が広がっています。

二の鳥居の先には隋神門があるのですが鮮やかな赤が映える綺麗なもんでした。

出石神社 隋神門(筆者撮影)

門のところに切り出されてきたのか二本の木が置かれていたのですが、案内が読めずなぜ置かれているのか分からずじまいでした。

門をくぐった先には拝殿があり歴史を感じさせてくれる佇まいで迎えてくれました。

ちなみに、御守りや御朱印は拝殿左側にある授与所で頂くことが出来ました。

 

最後に

出石神社について紹介してきましたがいかがだったでしょうか。

出石神社には歴史と自然が融和したパワースポットとして魅力あふれる神社になりますのでぜひ機会があれば参拝してみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。